教習所には

今日も老若男女が入り乱れている。下は学校が午前授業になった高校3年生から上は高齢者教習を受けにきた70歳オーバーのじいちゃんばあちゃんまで。もちろんその中間ぐらいの人もいる。小さい子どもを抱えたおかあさんまでやってくる。

そして俺の目の前には乳母車に乗った2歳か3歳ほどの赤ん坊がつぶらな瞳で俺を見ている。こいつは今一体何を考えてんのかな?俺はいつも不思議に思う。案外向こうも同じ事を考えてるのかもしれないな。

と、そこで優しそうなお母さんが赤ん坊にストローを刺した紙パックのオレンジジュースを与えようと手渡した。ところが赤ん坊はその紙パックを思いっきり握り締めるもんだから中身が飛び出してしまう。お母さんはこりゃ大変とばかり紙パックを赤ん坊の手からひったくる。

泣き叫ぶ赤ん坊。声にならない声。まだ赤ん坊には自分が何故ジュースを取り上げられなければならないのか理解できないのだろう。何故だ!?何故だ!?何故だ!?赤ん坊の泣き声はまるでこの世の全ての不条理に対する糾弾と憎悪の叫びのようだ。

そんな様を見ながら俺は赤ん坊に心の中で呼びかける。大丈夫。もうすぐお前は成長して、自分がオレンジジュースを取り上げられて泣いた時の悲しみなんて全部忘れてしまう日がきっと来る。そしてもうその時にはお前は紙パックの角を必要最小限の力で持ち、誰からも邪魔される事なく全て飲み干す事が出来るだろう。俺にはその日が来るのが手に取るようにわかる。お前の悲しみは必ず癒される。

ああしかし、だがしかし、俺はどうなる?今俺を襲う悲しみは?何故他人である赤ん坊の健やかな未来は見えるのに、俺自身の霧の晴れた薔薇色の未来は一向に見えないのだ?こんな事なら俺もいっそお前の様に泣けたら良かった。全てをかなぐり捨てて、床に頭を打ち付けて叫べたら良かった。

しかしもう今の俺にはそんな無様な真似は出来ない。このちっぽけな人生二拾余年の中で得たくだらない知恵と惨めなプライドが邪魔をして、もう俺にはいくら悲しくてもベンチに座って腕組みをして苦虫を噛み潰したような表情を続けるしか術はないのだ。

嗚呼。

仮免の技能検定しくじったーーーーーーーーーーーーーーー!
なんだよちくしょーー!あの教官のクソ野郎「あ、今左側の線踏んだのわかったー?そのまんま行っちゃったね今ー」ってえー!?それって駄目なんじゃん?もう打ち止めなんじゃんそれ!?その後動揺しまくって坂道でエンストるわ交差点右折でウインカー出し忘れるわ散々だったしどうあがいても受かる気配が無え。あーあもうやる気ねーよ。帰りてー。午後の学科試験どうでもいいから帰りてーよ。

と、思っとったら。

何故か結果発表時に名前が呼ばれる。70点ギリギリ合格。ウソん?まじで?いいのそんなお情け?いやでもしかし先生僕そんなの嬉しいって言うよりむしろ狐につままれたような感じでなんかすっきりしないんですけど。いや先生もお情けで合格点やったのにこんなこと言われてムカつくでしょうけども。

という二段オチでした。すんませんねつまんない方にどんでん返して。あ、もちろん学科の方もバッチリパスして次から路上でございます。わーい仮免だ仮免だ。